森鴎外の本来の職である
軍医の罪は・・・・
小説ばかり書いていたのか?


 明治15年全日本海軍将兵の
40~45%が脚気病で、

海軍軍医総監高木兼寛は、
薬でなく、「麦飯食事」で3年後に

海軍将兵の患者数を0,95%に改善し、
明治天皇に奉上した。


 明治天皇も脚気病であった為、
麦飯で脚気病が改善した
が、

陸軍軍医の森鴎外は「単なる偶然」と
反対し、
陸軍に麦飯食事禁止の通達を出した。


 その結果、明治27年の
日清戦争では、脚気病
死者が、
「海軍0名」
に対し

「陸軍で病死者4000名」、 


明治37年日露戦争で
「海軍脚気患者87名死者0名」に対し、

「陸軍脚
気患者25万人病死者28000名」
また脚気病で体力が低下した結果、

十分な
戦闘が出来ずに戦死した
兵も少なくない。



 森鴎外に麦飯食事を止められた
陸軍
は、大量の脚気病患者と死者を

出した。 

ロシア軍の、どの将軍よりも多くの
日本兵を殺したとの批判も存在する。
 

 
陸軍の寺内正毅は日清戦争当時、
将兵の脚気病対策に、陸軍上層部に
麦を送れと具申した。

 しかし、

森鴎外により握り潰された
経緯
があり、

業を煮やした陸軍大臣に
就任した寺内正毅は、

森鴎外の頭越しに陸軍の
麦飯食事を決定した。

 後に鈴木梅太郎がビタミンB1
を発見し、脚気病が「ビタミンB1

を含有する麦飯が有効」と
発表された。

森鴎外(東京大学)は
「田舎者が何を言う」と一蹴した。



 しかし
森鴎外
「脚気が菌による感染症である」
と批判し認めず


脚気病はビタミンB1栄養説を

国が示し得たのは、森鴎外の
死去した、2年後であった。
出典wikipedia

脚気は、一般人にとって
難病であった。国民の脚気死亡者は、

日中戦争の拡大などにより
食糧事情が悪化するまで、

毎年1万人から2万人で推移した
日本の脚気史#概要参照)。
出典WIKIPEDIA



ゆどう術は現代の麦飯→
【薬なし・薬を使わない】で
回復できる
【自律神経活性療法・ゆどう術】
 
  

●「神経や精神長引く苦しみ
有効なものが、麦飯同様
【薬なし・薬を使わない・ゆどう術】です。

●一般に約2ヶ月で回復します。

 
●自律神経に対する従来の
  方法これは森鴎外的な考え方。
 

 ●従来の方法で「苦しみ」が
 長引くのは→従来の病気とは
 全く異なる原因だからです

●治療
長引くのは方法が違う証明。
 

●従来方法実行で長く苦しむ
 
のが「難病と称される病気」の実態で

 「心の病・自律神経・統合失調 
・うつ・自殺願望・メニエール・糖尿・
 ほか…ゆどう術の対象」です。




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